夏目漱石「草枕」で気が付いた映画・小説が苦手な理由

   

 

よく趣味って何ですか?と聞かれることがある。

 

それは人から人に対しての質問ではなく

紙から人への質問だった。

 

中学高校大学で過ごしていると、なぜだか

そういう機会が多い。

 

世の多くの人が大切にしている就活というもが

最もそれにあてはまる。

 

特に趣味と言われても、、、と思った私ではあったが

それっぽい映画鑑賞、音楽鑑賞、読書などと書いたことが多々ある。

 

しかし、私は映画は年に1回見るかもわからないし

DVDも借りてきては、結局見ずに帰すことになる。

 

ここ最近、DVDを含めて観た映画は何かと聞かれても

ドラゴンボールフリーザさん復活したとき)」くらいしか思い出せない。

 

よく休みの日は一日中、ドラマや映画を見ている人がいるが

信じられない。

 

私は1時間見ただけで、頭と体の力が尽きてしまう。

 

しかし、アニメはずっと見ていれる。

 

小説にしても大学のレポートで書かないといけないときは

真剣に読んだが、いざプライベートで買ってみても本が積み重なる。

 

しかし、ビジネス本・自己啓発本・詩・文学であればすらすらと読むことができる。

 

何がダメなのか。

 

その答えが夏目漱石の「草枕」にあったのだ。

 

 ”それすら、普通の芝居や小説では人情を免かれぬ。苦しんだり、怒ったり、

騒いだり、泣いたりする。見るものもいつかその中に同化して苦しんだり、

怒ったり、騒いだり、泣いたりする。取柄は利欲が交じらぬと云う点に存するかも知れぬが、

交じらぬだけにその他の情緒は常よりは余計に活動するだろう。それが嫌だ。”

 

そうだ!これだ!と思った。

 

この世の中自分の感情だけでもコントロールするのが精一杯で、

元気が出たと思ったら、落ち込んで、

また元気をだして、落ち込んでを繰り返す。

 

その上に、映画や小説を読んで、

これわかるー、、、と

感傷するのがむしゃくしゃする。

 

せっかく元に戻した精神まで奪われてしまう。

 

映画と小説は面白い。だからこそ登場人物に感情移入しやすい。

 

夢中になってみていると、話が終わったあとに、

私ならここはこうこうこうしただとか、

あの主人公は結局どう生きたのかだの

くよくよ考えてしまう。

 

それがダメなのだ。

 

しかし、詩やアニメには幻想性がある。

 

もちろん現実に近いものもあるが、そもそもそれは見ない。

 

(大分昔の詩を見ては、ああこの時代もこんな感じだったのか

と感傷に浸ることは好き。現代がだめ。)

 

最近はまった漫画・アニメで言えば「キングダム」「ジョジョ」だ。

 

キングダムは実際の史上の人物を描いているが、

戦国の時代は今現代の社会とはかけ離れている。

 

今現実ではありえないことを描いているから面白いのだ。

 

詩も同じであって、夢の世界を描くから面白い。

 

辛さを詠う詩にもどこか、そうでない世界へのあこがれを

感じることができる。

 

こうであったならなーというようなその人が望んでる世界を感じる。

 

 

しかし、やっぱり漫画や詩はあくまで他人の人生なのだ。

他人の人生を感じれるのは面白い。

 

 

しかし、なぜだか映画や小説は、自分がその中に生きているような気分になる。

 

それが苦手なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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