大人になったつもりの悩み

   

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中学生の頃、子供は大人ほど悩んでいないと思われるのが嫌いだった

 

世間の大人を見ていると、自分たちばかりが苦労しているようで

子供の悩みなんぞ小さな悩み、または青春の一部として相手にされない

 

それでも私たちは悩んでいた

 

学校に行き、部活をし家に帰ったら宿題をする

 

当たり前の生活をあるがままに過ごしてはいても

 

自分がなぜここに存在しているのかと思い悩む

 

うまくいかない友達との関係、自分の心がコントロールできもしなかった

 

そんな現状にも悩んでいるのに

 

社会の様子を見てみれば雲行きの怪しいニュースばかりで

はっきりしない自分の未来に不安を覚える

 

それでも自分は今ここに存在している

 

しかし、この先生きている意味などあるのだろうか

 

なぜこの先苦労しかしないことがわかっているのに

生き生きと前に進まなければならないのか

 

ちっぽけな存在であっても、それなりに悩んで生きていた

 

 

日がたち、23歳になった

 

少し大人になってみると

 

中学生、高校生の自分の悩みがちっぽけに思えてきた

 

私も自分が嫌いだった大人になってしまったのかと思う

 

あの頃、悩んでいたことは今になってはそれなりに流せるようになった

人との接し方も覚え、自分の心のコントロールの仕方も少し覚えた

 

社会の状況や自分の状況もはっきり理解できるようになった

 

生きるためにはこういう考えを持っていると自分が楽になる

 

ただただ悩むだけでなく解決策も覚えてきた

 

しかし、世の中の現状、考え、悩み、解決策を理解するにつれて

尚、受け止めれないものがある

 

それを思うときは、ひどく苦しく、

しかし、逃げることができないもどかしさに

自分の心臓がギシギシと音をならす。

 

ぼやーっとした悩みが明るみになり

ぼやーとした感情でさえも、

 

それがどんなものなのか頭でわかるようになった

 

わかればわかるほど

どうしようもできない自分の感情に嫌気がさす

 

何が原因で、何の感情をもっているから

辛い思いをする

 

それがわかっている

 

しかし、それがわかっていて尚

それを解決することはできない

 

もうしばらくこの感情を引きづらないといけないのかとまで思う

 

自分よりもっと大人の人を見ても

同じような表情をしている

 

頭でわかっていてもどうしようもない

どうしようもない感情を胸に置いとくことしかできない

 

そんな自分、そんな大人たちを見て、

 

中学生の頃の自分は今でもなお

楽しい未来など描けただろうか

 

 

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