もとみさんという人

   

 

こんなバカなことを考えはじめた私は、今日自分の地区周辺の土地を探しに散歩をした。

 

ふと近所のある場所にたどりついたとき、思い出した人がいる。「もとみさん」というおじさんだ。

「もとみさん」は2年ほど前に亡くなってしまった。多くの人から愛されている人で、2年経った今でも近所の酒場では「もとみさん」の話でもちきりだ。

 

母親父親も「何でもっちゃん死んじゃったんだろうね」と何度も言う。正直聞きすぎて飽き飽きしてたこともあった。すごい愛されているのはわかるけれども、そんなにずっと言わなくてもって。

 

でも「もとみさん」が亡くなった後でも愛されるのには理由があった。

 

 

それがこの土地から伝わるのである。

 

小学生の頃、毎週土曜日ソフトバレーの練習後、近所のおばさん・おじさん達で飲み会&カラオケが行われた。私も父親・母親について遊びに行っていた。

今となってはあまり記憶がなく、最近母親から聞いた話ではあるのだが「もとみさん」は私が来ることがわかると、必ず私にとお菓子を買ってきてくれたそうだ。

私だけではない、「もとみさん」と言う人は「誰々さんに誰々さんに」とその人の好みに合わせたものを買ってきてくれるのである。

 

話をもどして、この土地は地区の避難地だ。10年ほど前に作られたのだが、はじめはだたの更地だった。避難地ができて数年後、「もとみさん」はみんなが好きなときに楽しめるようにと、”避難地&グランドゴルフ場”に改造したのである。

 

写真だと伝わりずらいが、ポールの場所も障害物も手作りで作られている。1パターンじゃ面白くないからだろう、障害物は何か所にも置かれていてコースごとの難しさが違っている。普通のグランドゴルフ場よりも、工夫がされていて楽しめると思う。

 

そう、このみんなが楽しめることを考えるのが「もとみさん」と言う人物なのである。「もとみさん」という人は自分の時間を使って、他の人に楽しさを提供してくれる人なのだ。

他にも、居酒屋の看板のイラストを描いたり、地区の名前すらも書かれていないシャッターだけの屋台小屋に、地区の名前とお祭りにあった絵を描いたりもしていた。

 

こういうところなんだろうな。亡くなった後でも、他の人から愛され続ける理由が少しわかった気がする。もちろん、これが全てではないだろう。だけども、この土地からは「もとみさん」が他の人へかける優しさというものが伝わってくるのである。

 

おわり

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